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2016年最後の1日 [日記・雑感]

大晦日。

さーちゃんは私が入院していた3週間、病院に毎日来てくれ、家では3週間ひとりで過ごし、かつ仕事もしていたので、疲れが溜まっているようです。
ふたりで家でゆっくり休みつつ、一度、買い物に近所の店に行ったくらい。

年越しそばを食べて、無事家で年越しできることを感謝しました。
尚、塩分制限があるのでお出汁は一口も飲んでいません。

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エリンギ帰省 [家族・友人]

私が入退院したこともあり、久しぶりにエリンギが千葉から帰省してくれた。
奇しくも私が退院した12/27に大阪に入り、今日、うちに来てくれた。

ここぞとばかり、駅まで出迎え、近所で昼食、夕食の買い物、そして駅まで見送り、と、散々リハビリさせてもらった。夕食の買い物の時、スーパーの寿司を買ってくれるというので、ありがたく買ってもらう。家に持って帰ってみんなで食べる。エリンギがうちに来てから、昼食、夕食、食後と、ずっと3人で何かを話し続けていた。この感じ、なつかしい。

正月は予定がないというので、可能であればまた3人で出かけたい。
特に、さーちゃんのご実家。皆あたたかい人達なので、きっと楽しく過ごせるだろうと思う。

退院後:保険金の請求 [入院・弁形成手術]

退院して最初の仕事は、保険金の請求。
生命保険会社の担当の方に自宅に来ていただき、話をしました。

書類は入院中に届いており、ある程度記入してありますが、よくわからない箇所は空けてあります。
何箇所もあるので、都度電話するより直接会って話しながらの方がいいでしょう。
例えば、
・「発症日」の欄は、自覚症状は無かったが、どう書けばいいですか?
→最初に、病名の診断がされた日を記入して下さい。
のような感じで。

費用について、手術は何十万点という点数ですが、私は会社の健保組合から限度額適用の認定を受けていましたので、数万円で済みます。他に3週間の病室代など、全て合計して、月給1ヶ月分でまかなえる程度に収まりました。そして、この全額を、後ほど生命保険会社から払い戻ししていただきます。
大変ありがたいです。

今の生命保険会社の担当の方、今回しっかり対応していただいているので、払い戻しが終われば、個人年金保険の契約をしようかなと思っています。まだどことも契約していないので。

退院直後 [入院・弁形成手術]

さーちゃんの会社も今日で仕事納め。
ふたりで年末年始休みに突入です。
最も、私はお正月以降もしばらくは会社を休ませていただきますが。

さーちゃんが仕事を終えて帰ってきたら、ふたりでゆっくり夕食。
さーちゃんも同じ心臓病経験者なので、減塩の加減はバッチリです。
塩より胡椒を効かせたササミとブロッコリーの炒め物、
タニタの減塩味噌を使ったお味噌汁、
そして、炊きたてのミルキークイーン。
病院の食事も悪くはなかった、と入院中は思っていましたが、家のご飯を食べてしまうともう戻れませんね。

家にふたりでいる幸せに浸りながら、退院後一日目の夜は更けていきました。

退院しました! [健康]

本日、無事退院し、家に帰れました。
病院には母と、妻さーちゃん(午後休を取ってきてくれました)が来てくれ、タクシーで愛しの我が家まで。3人でしばらく、美味しいものを食べてくつろいで、少しご近所周りをして、母を最寄りの駅まで送って行きました。遠いのに、わざわざ出てきてくれてありがとう。早く元気になって親孝行しないと。

僧帽弁閉鎖不全症の治療に伴う、筆者の入院は3週間で終わりました。
弁形成手術の日から退院までは2週間で、かなり早いほうだという事です。
(余談ですが、手術同意書によると死亡リスクは3%でした)
正直なところ、家で年越しができるとは思っていなかったので、喜びもひとしおです。

かと言ってすぐ日常生活に戻れるかというと、無理です。
同じく開胸手術を受けたことのある妻、さーちゃんに聞いていた通り、体力が大幅に落ちていて、何をするにも息切れと立ちくらみ、あと痛み(手術跡)を伴います。
病院のリハビリ担当の方によると、肺の機能は開胸手術を受けるとだいたい50%ダウンするという話ですが、納得です。

職場復帰の予定日はまだまだ先ですが、リハビリに努めて、ちゃんと日常生活を送ることができるようにしないと。
あと、塩分摂取は1日6グラムまでが理想的ですが、これは同じ制限のあるさーちゃんに任せておけます。
立ちくらみも胸の痛みも、経験者なので全てわかってくれます。
やっぱり我々が出会って結婚したのは運命というか、宿命だったのでしょう[ムード]

入院14日目(術後1週間):心エコー検査 [入院・弁形成手術]

夜中に2回くらい目が覚めただけで、ずっと眠っていた。

6時の採血検査を受ける。2日に1回必ずあって苦手なのだが、この日はベテランの看護師さんで全然痛くなかったから驚いた。
体重はまた減って67.3kg。理想体重の66kgに近づいている。心臓の働きが良くなったから、体内に溜まっていた余分な水分が抜けてきているという話を聞いた。筋肉が落ちているのもあるとは思うが。

朝食は、やや固めのお粥と味噌汁など。美味しくいただいた。
朝の薬は変わらず、10種類。
昨晩から左手の小指がまた新たに腫れていたが、かなりましになってきた。
順調に見えるが、全ては今日の心エコー検査しだいだ。手術の時、逆流が止まった事は確認済みだが、術後に再発する事もあるというので、緊張する。

心エコー検査は9時頃からだった。11月に外来で来たときと同じように、2人の方にそれぞれ20分ずつくらい、念入りに検査してもらった。その足で1Fに行き、心電図とレントゲンの検査。寝巻きの胸から、開胸手術の跡に貼ったテープがのぞいているからか、自分が歩いていくと外来の人々が避けてくれる。今はあまり素早く動けないので、避けてもらうのはありがたい。
10時頃には全ての検査が終わり、病室に戻った。

やがて、主治医の先生が来られた。心エコー検査の結果は、想定通りとの事。
まだわずかに逆流しているが、それは手術の際にできた縫い目の箇所での逆流だから、いずれ自然に縫い目が塞がって逆流も無くなるとの事。ホッとした。
検査結果の話の続きで、開胸した跡を留めていた、長いテープが剥がされることになった。粘着力が強いため、剥がすためのスプレーを吹きつけてから、ゆっくり剥がされた。手術以来初めて、自分の手術跡を見たが、意外と大きかった。縦に一直線、20cmくらいある。縫っていないのが驚きだ。
「きれいに塞がってきています」と主治医の先生。
予定では、明日はお腹に入っている2本の「ワイヤー」を抜いて、明後日には自分でシャワーを浴びることができるという。順調すぎるかもしれない。早くさーちゃんにも伝えたい。

10時半頃、担当の方が病室に来て、リハビリ室にふたりで行く。
今日はウォーキングマシンから。時速2.5kmで15分間歩いた。汗が出てきて、心拍数は112まで上がった。血圧・血中の酸素濃度は特に変化なく、正常との事。休憩し、次は階段を登るテスト。1階上に行って戻ってくるだけだが、おそろしく遠く感じた。かなり疲れたが、今後は階段を上り下りする許可をいただいた。ただし、あくまで移動の話であって、トレーニング目的で何度も往復するのは不可との事。わざわざ言われるという事は、そんな事をする人がさーちゃん以外にも結構いるのかもしれない。

最後に、足に2kgの重りをつけて上下運動。これはきつくて、20回が限界。
ここで終わりになったが、午後もリハビリをしたいと言ったら、OKだった。
昼食を食べ、少し横になって休んだ後、再びリハビリ室へ。朝とはメニューを変えて、エアロバイク15分、スクワット20回、つま先立ち20回を1セットずつして終了。
明日からは、時間になったらリハビリ室に来て下さい、との事。もはや病室からの同伴も不要になった。丁重にお礼を言って病室に帰った。

少し休憩してから、バストバンドの洗い替えが欲しかったので、久々に売店に行った。
特定のメーカーのペットボトル飲料を4本買うと、リラックマのトートバッグがもらえるというキャンペーンをやっていて、悩んだがバストバンドだけ買って病棟に戻った。そして、いつものお茶を汲みに給湯室に行くと、なぜかお茶が無くなっていた。いつもは補充済みの時間なのだが…これはもう仕方ない。売店に戻ってペットボトルのお茶を4本買い、トートバッグをもらった。お茶とトートバッグを抱えて意気揚々と病棟に戻ると、給湯室のお茶がちょうど補充されたところだった。そういうものだ。

昼寝を経て、17時頃に院内回診。主治医の先生ではない、年配の先生だった。傷の治りよし、雑音無しとの事で、再び安心する。

さーちゃんから、いつもより早い電車に乗れたとメールがあった。いつもより早く会えて、長く一緒にいられるので嬉しい。今日はプレゼントも渡せる。

* * *
(以下、さーちゃんの日記より)
病室に着くとサプライズ。かわいいリラックマさんのトートバッグ。めっちゃ嬉しい。自分のことだけでも大変な時に私のことを気づかってくれるKちゃん。好きで好きでどうしようもなく好きだ。一緒にご飯を食べ、片付け、少しお話するともう19時。今日は特に時間の過ぎるのが早かった。帰りの電車の中でKちゃんからメールが来る。いつも以上に早く感じたと書かれている。同じことを思っている。Kちゃんと私は一心同体かも。おやすみの電話をくれる。声を聞くだけで溶けそうな時間。早く明日の夕方になって、Kちゃんに会いたい。
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入院13日目(術後6日):指に続いて唇も腫れる [入院・弁形成手術]

何度か目が覚めたが、晩から朝までずっと眠れた。
今日は体重68kg、減っている。朝の薬は、昨日の抗生物質が増えて10種類。

指の腫れはかなり引いた。主治医の先生(いったいいつ休んでおられるのか…)の見立てでは虫さされという事で、続くならベッドを変えるという話。しかし木曜にこの病室に戻った時は何も起こらなかった。
金曜か土曜に何かあったかと言うと、これはひょっとしたら、リハビリ室から借りてきた1.5kgの重りが原因かもしれない。リハビリで使われ、汗を沢山吸いこんでいれば、雑菌の温床になり得ると思う。

そのうち、今度は下唇が腫れてきた。朝起きた時に少し違和感があったが、朝食後にかなり腫れてきたので、たまらずナースコールを押した。当直の先生の方では、10種類の薬のうち、どれかの副作用かもしれないという事で、調べていただく事になった。同時に、看護師さん達がベッドのシーツ交換の準備を始めている。

その間、レントゲン検査に行くよう言われ、1Fへ。
いつも外来の人が大勢いるが、日曜なので当然ガラガラ。すぐ撮影が終わって病棟に戻ると、当直の先生より、指と唇の腫れは薬の副作用ではない模様、原因はわからないが、現時点で重大とは思えないため、血液検査はせずに様子を見ましょう、との事。部屋に戻ると、丁度ベッドのシーツを交換していただいているところだった。シーツ交換が終わると清拭をしてもらい、スッキリした。
これで完璧、と思ったら昨日の採血の後に貼ったテープを剥がす時、肌がめくれてしまった。開胸手術の跡と比べると全然だが、これはこれで地味に痛い。軟膏を塗ってガーゼを貼ってもらった。

時間ができたので、足に例の重りを付けて廊下を3往復ばかりした。部屋に戻り、重りを付けたまま椅子に座り、足の上下運動をした。2セットずつやって終わりかけたところに、さーちゃんが来てくれた。
今日は大きな袋を持っている。モンベルと書いてあるので、新しいブーツ? と思ったらローカットのハイキングシューズだった。

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(退院後、自宅にて撮影)

ディスクをつまんで回すと、ワイヤーが締まって足にフィットする仕組み。プーマの一部のシューズに採用されている「ディスクシステム」という仕組みと同様だと思う。モンベルのは「リールアジャストシステム」という名前だった。どっちにしても、前から履いてみたかったのだ。サイズもぴったりだった。

さーちゃんいわく、退院の日には、これを履いて帰るといい。いつも履いているスニーカーがもうかなり古くなっているから、家に帰ってからは、これを履いて雨の日も風の日も歩くといい、ゴアテックスだから防水性もいい、との事。さーちゃんも退院後はそうしていた。自分も同じように、少しでも早く山に登れるように毎日歩こう。ありがとう、さーちゃん。

お昼を食べ、13時になった。面会時間外なので、さーちゃんは一旦病院を出る。少し寝て、起きると、もう2時過ぎだった。昨日くらいからよく眠れるようになった気がする。

15時から19時までは、ふたりだけの時間だった。と言っても4時間しかない。短く感じるのは、実際に短いからだ。話をして、肩をもんでもらったりして、幸せなひと時を過ごす。早く自分たちの家でこうやって過ごしたいと思うが、あまり早く退院して何かあったら困る、とも思う。特に年末年始は不便だろう。
退院は、年明けくらいでもいいかなと言ったら、わかってくれた。同じ経験をしているからこそ、自分の不安もわかってくれるのだ。
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入院12日目(術後5日):指腫れる(旧タイトル:入院状況) [入院・弁形成手術]

昨晩はいつの間にか眠っていた。
6時に起こされて、採血。これだけは毎回、嫌でたまらない。
次に、これも嫌な、指先に小さな傷を付けての食前血糖値チェック。100くらいでいつも通りとの事。
少しして体重測定に呼ばれる。68.7kg、昨日から1kgくらい減った。
さーちゃんから、入院中は筋肉が落ちると聞いているが…

朝食は、お粥に玉子焼きと白菜。美味しい。
食後の薬はまた増えて、8個。何回かに分けて、黙々と飲む。
そのうち、かなり汗が出てきたのでベストを脱いだ。暑く感じたが、体温は36.7℃だった。

この日、手の指のうち3本だけがパンパンに腫れるという事があった。
毎日、食前の血糖値測定で指先に小さな傷をつけるので、それが原因ではないかと思ったが、測定に使っていない指も2本、腫れている。当直の先生に連絡し診てもらうと、雑菌に感染した可能性があるという事で、抗生物質を飲むことになった。指輪をした指が腫れると大変なので、いやいやながら指輪を外した。

CCUとは違い、病室では携帯電話を使ってもいいので、久々にブログを更新する。

==============
タイトル:入院状況

今週月曜日に開胸手術を受け、
木曜に一般病棟に戻りました。

しばらくは入院したまま
術後の経過をみる一方、
落ちた体力を取り戻すための
リハビリに励みます。
==============

面会可能時間になる頃、さーちゃんが来てくれた。
少しの間、ふたりでのんびり。
病院の昼食をちょうど食べ終わった頃、会社の同僚がお見舞いに来る。さーちゃんは席を外してくれた。

同僚は色々なことに興味のある人なので、症状や処置の話をすると真剣な顔で聞いていた。
あと、借りているDVDについて、今見られないのでもうしばらく貸していて欲しいと言うと、笑っていた。話に夢中になっていると、1時間くらい経過していた。

再び面会可能な時間になる頃、さーちゃんが戻ってきたので、身体を拭いてもらうことにした。
半裸で身体を拭いてもらっていると、絶妙なタイミングで勤め先の上司がお見舞いに来てくれた。
服を着る間、少しカーテンの向こうで待っていただく。また、さーちゃんは気を遣って出ていった。
長期欠勤や、現在の職場の状況についてさらっと話した後、しばらく体調の話をした。他にも雑談をした。胸を開いた直後なので、「パロ・スペシャル」をかけられたら絶命するだろうと言うと、笑っていた。同じ世代だから冗談も言いやすい。

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上司をエレベーターまで見送った後、さーちゃんに電話。また戻ってきてもらい、やっとまた二人になった。すると、今度はふたりいる内の上の妹が見舞いに来てくれた。仕事のついでらしい。普段、自分は土日が休み、妹は平日が休みなので、実家に帰っても全く会わない。最後に顔を合わせたのは、確か祖母の告別式だったから、2年半くらい前だった。次いで、父もやって来て、4人で色々と話をした。

みるみる時間が過ぎていき、父と妹が帰ったのは夕食が配膳される18時前だった。
結局、さーちゃんとふたりで過ごせたのは18時から19時、いつもの平日と変わらなかった。
明日はふたりだけで過ごしたいな、と思ってしまった。

寝る前に、足に借りた重りをつけ、また廊下を歩いた。
指はまだ腫れている。これまで順調だったのに、一抹の不安。
何だかわからないが、すぐ治りますように。

* * *
(以下、さーちゃんの日記より)
この日は昼すぎから、たくさんの方がお見舞いにきてくれた。Kちゃんは少し疲れただろう。右手の人差し指がはれていた。午後からは親指、左手の中指も張ってきた様子。結局、抗生物質を飲み様子を見る模様。今まで順調に治っていただけに心配だろう。私はトラブル続きだったので正直何度も「またか」と思っていた事を思い出した。

家に帰る前に、お義母さんからメール。心配でたまらない様子。当直の先生に見てもらって抗生物質を飲むことになったと返信する。
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入院11日目:手術4日後、管が全て抜ける [入院・弁形成手術]

また午前4時頃に目が覚めてしまい、眠ったり眠らなかったりしながら6時の検査の時間を迎えた。
体温、血圧、血中の酸素濃度、食前血糖値、体重など測る。
体重は、昨日までは椅子に座って測っていたが、今日は点滴台を持って、自分で所定の場所まで歩いて行って測ることができた。帰りにトイレに寄った。昨日よりも多くの事を自力でできるようになっているのが嬉しい。

7時から朝食。今日もそれほど美味しいとは感じなかったが、昨日ほど頑張らなくても完食できた。食後の薬は7種類、痛み止めが追加されていた。
しばらくすると昨日と同じく、主治医の先生が来られて、ドレーン管を抜きましょう、という事で処置が始まった。お腹から最後の管が抜かれる。指示通りに息を止める。管が抜かれた跡を縫ってもらう痛みに耐える。さっき痛み止めの薬が出ていたのは、このためだったのかもしれない。
最後のドレーン管が抜かれると、点滴台の下部に乗っていた本体(サキュームという機械)も不要になったので、看護師さんが点滴台ごと持っていった。まだお腹に2本、青い「ワイヤー」が入っているものの、先端は何にもつながっていない(処置で必要になった時に使うらしい)。というわけで、これで身体ひとつで動けるようになった。

管を抜かれた後は、昨日と同じでしばらく身体に力が入らなかったので、ベッドに寝ていた。すると、リハビリの担当の方が来られたので、少し待って欲しいと伝えた。20分程休憩させてもらってから、いざリハビリ室へ。今日もエアロバイク。まず50回転を保った状態で5分間。次に、60回転に上げて10分間ペダルをこいだ。終わった直後に血圧を測ってもらったが、問題ない模様。
エアロバイクの後は、足に1.5kgの重りを付け、上げ下ろしの運動。これだけでも、まだけっこう息が荒くなる。リハビリ室はこの週末は休みなので、重りだけ借りて土日は自主トレをすることにした。

リハビリ室から病室に戻った後、高額医療費の免除証を持って受付に行った。
入院が決まった直後に、会社の健康保険組合に申請して、自宅に送られてきた。これを前もって提示しておけば、年収に応じた自己負担限度額が適用されるというもの。生まれて初めて使うが、大変ありがたい。提出して病室に戻ると、すぐに受付から人がやって来て、免除証を返していただいた。コピーを取ったから、原本はお返しするという事だった。

昼ご飯は、うどんだった。久しぶりに食事が美味しいと思った。
食べ終わった後、同室のAさんが処置を終えて部屋に戻ってきた。足からのカテーテル処置をして、今日一日はベッド上安静という話が聞こえてきた。処置がうまくいっている事を祈った。

13時頃、看護師さんに清拭(身体を拭いてもらう)をしてもらっている時、そろそろ頭を洗いたいと言ってみると、確認してくれる事になった。結果、14時にはシャワー室の洗面台で自分でシャンプーをすることができた。言ってみるものだ。爽快だった。洗面台に、毛がずいぶん流れていった。
ついでに服を全部脱いで、鏡で自分の全身を眺めた。全身傷だらけだ。開胸した跡は、長いテープが貼られて見えない。縫わず、このテープだけで留めてあるらしい。首、腕、お腹、あちこち点滴針の跡やお腹の管を抜いた跡だらけだ。左腕には黄疸もあった。あと、この時初めて、手術の時に下半身の毛が短く刈られていた事に気づいた。昨日導尿カテーテルを外してもらって以来、自分でパンツの中を見たり、自力でトイレに行ったりしていたのに、今の今まで気付かなかった。手術の時は剃るものだと思っていたが、実際は刈るものなのだ。そんな事で感心してしまった。気持ちにも余裕が出てきたかもしれない。

16時前くらいに、母が用事のついでに立ち寄ってくれた。1Fに自販機があるという話をしたら、一人で行って、ココアを買って戻ってきた。自分は病院のお茶を飲みながら、少しの間だけ話をした。

17時頃、上司からメールあり。週末にお見舞いにきていただけるとの事。

18時前、さーちゃんが来てくれた。今日はいつもより早い。青いベストと、長い靴下を買ってきてくれた。
ベストは病室で着るために入院前から勧めてくれていたのだが、普段着ているフリースの上着があるから、と言って一度断った。実際に入院してみると、袖がないベストの方が、検温や採血などの時に色々と便利だとすぐ分かった。あと、軽くて疲れにくい。経験者の言うことは聞くものだ。
靴下は、ゆったりした暖かそうなもの。これまではずっと素足にスリッパを履いていたが、足は冷えるしスリッパは湿るしで困っていた。大変ありがたい。やっぱりさーちゃんに任せておけば大丈夫だ。

ベストを羽織って、靴下をはいて、病院の夕食を食べる。さーちゃんも、買ってきた夕食を食べる。ふたりで食べるとやっぱり落ちつく。食べ終わって歯を磨こうかと思ったが、もう18:35、ふたりの時間はすぐ過ぎてゆくから、後でひとりになった時に磨くことにした。

20時頃から自主的にリハビリをした。と言っても、借りた1.5kgの重りを足につけて廊下を歩くだけだったが、同じフロアの反対側の端まで歩いて戻ってくるだけで息が切れた。休憩と歩くのを30分ほど続け、20:30頃に談話室に入り、さーちゃんにおやすみの電話をした。

* * *
(以下、さーちゃんの日記より)
Kちゃんの寝間着用の上着を買いに行くことにする。今日はまた一段と寒いので手袋を着け、ひたすら自転車をこぐ。ひと通り見たが、紳士物は少ない気がする。手術前に足が寒いと言っていたので、「あったか」と書いてあるくつ下3足組も一緒に購入。

何とか◯◯分の電車に間に合う。いつものお店でおにぎり2個、セロリのきんぴら、豆腐のみそ汁を買う。Kちゃんと一緒におにぎり1個、みそ汁を食べた。やっぱり一緒に食べると美味しい。そして今日も19時がすぐに来る。いつもと違うのは、抱擁。
(※昨日まではハグもできない状態だった)
帰りのメールで夢のようと送りあう。昔に戻ったようだと。そして二人暮らしが始まると。Kちゃんと一緒なら何度でも始められる。だから無理をせず、ゆっくりと治して欲しい。


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入院10日目:手術3日後、病室に戻る [入院・弁形成手術]

昨日の日中はCCU(冠疾患集中治療室)で問題無く過ごせたが、消灯時間になると、また不安になった。
眠っている時に喉が詰まったら、相当苦しいだろう。ナースコールを押しても、すぐに詰まった喉を何とかしてもらえる訳ではないだろうし、などと思ってしまった。

必要なら、睡眠導入剤を出してもらえるという話だったが、薬で眠っている間に喉が詰まったらそれこそ大変な事になるのでは、とも思ってしまう。しかし眠れない状態はつらい。常に身体のどこかで痛みがあるし、何もせず横になっているだけで、今の身体ではかなり疲れるのだ。結局、何時間もベッドで悩んでいるうち、明け方近くなってやっと眠りに落ちた。2時間ほど眠って起きた時、無意識に鼻で呼吸していた事に気づいた。これなら深く眠っても大丈夫なはず。今晩こそ、すぐ眠れなかったら睡眠導入剤をもらって、たっぷり寝よう。

午前6時頃、朝食前の血糖値測定。小さな器具でバチっとやって、指先に小さな傷をつけ、わずかに血が出たところで測定。問題ない数値との事。他にも、血圧測定や体重測定などあったと思うが、覚えていない。
朝食は、久しぶりのパンだったが、やはり美味しく感じない。身体が必要としているのはこれでもないのだ。しかし頑張って完食する。

朝食後、看護師さんが導尿カテーテルを外してくれた。今後はトイレに行きたくなったらナースコールを押し、装置を点滴台につなぎ変えてもらいさえすれば、自力でトイレに行ける。カテーテルが付いている間は見る気がしなかったが、久々に自分のパンツの中を見て、かなり自由になった気分を味わった。

すぐに主治医の先生が来られ、ドレーン管を2本外しましょう、との事でベッドの上で処置が始まった。
お腹から出ている、余分な体液を吸い出しているチューブ3本のうち、2本を抜いてもらうのだが、かなり緊張した。さーちゃんの入院時には、抜く時に体内に空気が入ってしまい、丸一日絶飲絶食となった事があった。管を抜くタイミングで合図するから息を止めて下さいね、と言われ、苦しかったが必死で息を止めた。2本とも問題なく終わり、ホッとしたが、抜いた跡を縫ってもらうのがけっこう痛かった。これでお腹から出ているのは、「右胸腔ドレーン」1本と、青い「ワイヤー」2本の合計3本に減ったが、身体に力が入らなくなり、しばらく横になっていた。

「クリスマスまでに退院できたらいいですね」

主治医の先生が去り際にそう仰ったのだが、冗談にしか聞こえなかった。

10時頃、清拭(身体を拭いてきれいにしてもらう)の最中、前の病室に戻る話が出てきた。背中など拭いてもらいながら、荷物の話をした。清拭が終わるとすぐ、リハビリ担当の方が来られ、二人でいよいよリハビリ室へ。CCUを出て病室に戻る話も、エレベーターに乗ってリハビリ室に行くことも、退院が一気に近づいた気がして嬉しくてたまらない。

リハビリ室は、スポーツジムとほとんど変わらない感じだった。
入って正面のベンチに座るよう促され、座って待っていると、別の女性のスタッフの方に話しかけられた。数日前に病室に、術後リハビリの説明に来られた方だった。

「手術前に病室にお伺いした時に思ったのですが、奥様はひょっとしてー」

その通り、さーちゃんが入院していた頃、この方と毎日リハビリ室で会っていたのだ。
前回病室に来られた時、見覚えのある人だと思ったが、私の術後のリハビリの話が本題だったからその話はしなかったらしい。やっぱりそうだった、とすごく喜んでくれた。退院後もリハビリを頑張ったさーちゃんと、ふたりで白山に登った話をすると、驚いていた。

大きなモニターの下の棚に「日本百名山」のDVDがあるのに気づいた。あの時、さーちゃんが「早くまた山に登れるようになりたい」と言ったら、わざわざ放映していただいたDVDだ。ウォーキングマシンもエアロバイクも、買い替えられていなければ、さーちゃんが毎日使っていたものだ。手術室も集中治療室も、このリハビリ室も、全てさーちゃんが通った場所なのだ。そう思うと、さーちゃんがもう家までの道をつけてくれている気がした。

この日は足に1kgの重りを付けて、座ったまま足の上げ下げをした。最後にエアロバイクにまたがり、5分間だけペダルをこぐ。息は荒くなったが、数値的に問題は無かったもよう。途中で、担当の方のPHSが鳴った。転棟の準備、つまり前の病室に戻る準備ができたという連絡だった。CCUに戻り、最後にレントゲン撮影があるという事だったが、これは1Fに移動して手術前と同じように、レントゲンの装置の前に立って撮影した。もうベッドに寝た状態で撮ってもらう必要もない。

今朝「クリスマスまでに退院できたらいいですね」と主治医の先生が言ったのが、冗談ではなかったことがわかった。きっとあと10日くらいで帰れる。

昼前に、懐しい病室に戻った。前のベッドには新しい人が入っていて、別のベッドになったが、入口に近くなったからこっちの方がいいと思った。
昼食は、やはり美味しいと感じなかったが、全部食べた。

午後は、久々に日記を書いたりして過ごしていると、17時過ぎに父が来てくれた。

* * *
(以下、さーちゃんの日記より)

お義母さんからメール。元気な様子のKちゃんを見るのが嬉しいとのこと。私も嬉しいと返信。仕事が一段落した頃、携帯が鳴る。CCUの看護師長さんからだった。何かあったのかと思ったらCCUから前の病室に移るとの事。驚かせてすみませんと言っていた。電話を切った後、お義母さんにメール。

手術日に以て帰った荷物を病院に持って行く。病室に着くと名札の位置が変わっていたので、ベッドの位置も違うかもと思いながら入ると、お義父さんの顔がすぐ見えた。ドレーンが残り1本になっている。お義父さんも顔を見て安心したとおっしゃっていた。ちょっと一緒に歩いたりしていると、もう19:00。帰りにおにぎり、ハンバーグ、みそ汁、パンを買って電車に乗る。
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入院9日目:手術2日後、冠疾患集中治療室 [入院・弁形成手術]

何度も目が覚める。いつの間にか雨は止んでいる様だ。Kちゃんは痛み止めも、もう飲み薬だけだと言っていた。大丈夫だろうか?私も(手術の後は)熱が出たせいか、雪洞を掘ってビバークする夢を見たのを思い出す。Kちゃんも熱にうなされていないことを祈る。目覚ましが鳴るまではと寝ていたら、ちょうどいい感じの時に鳴る。やはり起こされるよりは、早くても自分で起きたほうがすっきり目覚めるかもしれない。出勤する。今日も中々の寒さだ。

* * *
(以下、Kのメモと記憶より)

午前4時頃、寒いのと痛いのと、あと、別な患者さんの対応で物音がするのとで目が覚めた。ナースコールを押し、布団をもう1枚持ってきてもらい、体にかけてもらったが、結局ほとんど眠れなかった。

胸の中央に、縦に長い手術跡があり、傷に沿って長細いテープが貼られている。これが痛むのは予想通り。それより、手術の直後から喉が痛く、痰を出すように言われているがなかなか出ない。たぶん人工呼吸器が入っていた時に喉が荒れたのだと思う。眠ったほうが良いはずだが、もし眠っている間に喉に痰が詰まって息ができなくなったらと思うと、不安になる。だから眠れないのかもしれない。あお向けに寝ていると肺が重力で圧迫され、呼吸がしにくくなるというので、管のささったままのお腹を抱えるようにして横になっているが、元々横向きに寝る習慣がないので違和感がある。これも眠れない原因だろう。

今いるCCU(冠疾患集中治療室)は、病室と違って、常にある程度の電気がついている。頭の方の壁にあるモニターには、常に自分の心電図が表示されていて、何かあると看護師さんが様子を見にくる。もちろん、ナースコールもいつでも押せる。起きている方が不安は少ない。やがて朝になり、さっそく今日の処置が始まった。

まずは体中につながった管をめぐる処置。いくつかの管を抜いてもらったが、首につながっていた管が抜けたのが一番大きかった。首の管は存在感が大きく、上半身を動かす度に気になっていたから。このまま順々に管が減っていくと良かったのだが、採血検査(これもつらかった)の結果カリウム不足になっているとわかり、カリウム補充のための点滴が腕に追加された。

首の管が無くなると、次に早く無くなってほしいのはお腹から出ている3本のチューブと、2本の細いワイヤーだ。3本のチューブは直径1cmほどもあり、点滴台の下部に乗せられた「サキューム」という機械につながっている。この機械でゆっくり、体内ににじみ出している液体を吸引しているという話で、透明なタンクとチューブに、薄い赤い液体が溜まっているのが見える。看護師さんがちょくちょく、チューブをしごくようにして液体をタンクに流してくれる。
自分からすると大変な量に見えるので、看護師さんに「けっこう出てますね」と言うと、「でも、量が減ってきていますし、色もそれほど赤くないから大丈夫ですよ」との事だった。

あと、導尿カテーテル。これは便利だが、嫌なものだ。ベッドの横に、袋が設置されていて、そこに尿が自分の意思とは無関係に出て行く。体内の余分な水分を出すための利尿剤が効いていて、さらに水分も多く摂るように言われていて、麦茶飲み放題(さーちゃんの手術後は、しばらく1日60ccの厳しい水分制限があったので、これには驚いた)なので、何とも順調に溜まっていく。まだ自力でトイレに行けないから仕方ないが、早くこれも無くなってほしい。

昨日と違い、体重測定は椅子に座って測る。もう吊り下げられなくて良くなった。椅子に移動する前、ベッドから体を起こそうとすると、胸の手術跡が痛むのと体が重いのとで大変だった。どうしても自力で起きられなければ、ベッドの方を起こしてもらうのだろうが、何とかベッドの柵をつかんで身体を起こし、自力で椅子まで移動した。体重は覚えていないが、おそらく昨日と同じくらい。
レントゲン撮影は、ICUの時と同じで、大きな機械がやってきて、自分はベッドに寝たまま撮影。
1階で外来の患者さんに混じってレントゲンの順番待ちをしていたのが懐かしい。

一連の処置が終わり、朝食の時間になったが、食欲が全く無い。頑張ってりんごをかじる。味がしないが、何度か噛んで、頑張って飲み込む。喉に果汁の感触。やっと気力が出てきた。おかずに箸をつけると、驚くほど味がわからない。手術前と同じ「心臓疾患食」だが、今はもう不味いとさえ思ってしまう。
きっと、体が欲しいのは野菜でも、お粥でもないのだ。いつもよりも時間をかけて、何とか完食した。肉が無性に食べたい。

食後少し経って、昨日に続いて軽いリハビリ。担当の方に、肩や背中のマッサージを受け、深い呼吸をするお手伝いをしてもらった。昨日と同じように、ベッドの脇に座り、少し立ち、椅子に移動。椅子に座った状態で、足を上げたり下ろしたりの練習。その後、体につながっている色々なものを点滴台にまとめてもらい、歩く。今日はトイレまで歩かせてもらった。許可を得て、ひとりで個室に入り、便器に座ってみた。お通じが無かったのは残念だったが、これでいざという時は自力でトイレに行けばいいという事だ。導尿カテーテルで小用を足すのは仕方が無いし、我慢できるが、大の方を看護師さんに処理してもらうのはさすがに抵抗があったので、安心した。
ベッドに戻って線や管をつなぎ直してもらうと、リハビリは終了。明日からはリハビリ室に行けるという話だった。

昼から、また母が来てくれた。昼食はチキンのシチューで、美味しく食べられたと思うが、正直なところ12/13と12/14の記憶が曖昧で、昨日だったかもしれない。母はやはり13時の面会終了とともに帰って行った、と思う。

テレビを付けて、ニュースを見た。プーチン大統領とトランプ氏についての話に続いて、豊中市で妊婦さんが、同じマンションの同じフロアに住む男に刺殺されたというニュースをやっていた。連れていた子供さんは刺されず、助かったが、お腹の中の赤ちゃんは助からなかった。現在の法律では、胎児は被害者に数えられず、犯人は女性1人を殺害したということにしかならないらしい。
「犯人がどう裁かれても、妻は帰ってきませんから…」
ご主人がそう、インタビューに応えているのを聞いていると、涙が出てきて、胸の手術跡がひどく痛んだ。

18時頃にさーちゃんが来てくれた。元気さをアピールするため、ベッドの横に立ち、足を上げて椅子の上に乗せたりしてみた。さーちゃんは喜ぶよりも驚いて、無理しないで、と言われた。夕食を食べて話をしていると、今日もすぐに1時間が経ち、面会時間終了。昨日の洗髪や腕の洗浄で使ったタオルなど、重い洗濯物をまとめて持って帰ってもらった。昨日の分を渡し忘れていたため、すごい量になってしまったので謝った。

* * *
(以下、さーちゃんの日記より)

会社を出て、家で荷物を取り、駅に向かう。病院に着きCCUに行くと点滴がほとんど外れていて驚いた。色々とお話したり、ご飯を食べるKちゃんを見守る。まだ、たんが出きっていないようで、大変そう。咳を出すと胸の傷が痛む。知っているだけに見るのもつらい。とにかく無理をせず、ゆっくるゆっくり治して欲しい。明日は木曜日、明後日の次は土日だ。早く週末になってほしい。
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入院8日目:手術翌日、集中治療室 [入院・弁形成手術]

以下、さーちゃんの日記より

夕べはさすがに22時頃に寝た。何か夢を見ていたが覚えていない。目覚ましで起きシャワーを浴びる。出勤し、10時過ぎに郵便局へ行く途中、姉と電話で話をしたが、待っている方の何も出来ないくやしさや、どれほど心配だったかを聞かされる(※さーちゃんの手術時)。自分も同じ立場になり、身を持って知ることになる日がくるとは当時はわからず、わがままばかり言って本当に申し訳ないと今さらながら思った。

郵便局の帰りに、いつもの喫茶店へ。奥さんとそのお母さんも、無事終わって良かったと言ってくれた。私の旦那様はみんなに好かれていると、つくづく思った。バタジャムトーストと玉子、ホットコーヒーを頼むが仕事の電話が鳴る。昼ご飯の予約をして、早々に会社に戻る。会社に戻って仕事の続き。

お義母さんがKちゃんの顔を見たらメールをくれると言っていたので何度も携帯を確認してしまう。私も早くKちゃんに会いたい。きっともう目覚めているだろう。12時ちょうど、お義母さんからメール。ICUからCCUに移ったとの事。昨日20時まで待っていたら目が覚めていたらしい。でも今日は起きているKちゃんに会えそうだ。早く定時にならないかな。

駅に着き早足で病院へ。面会の申込に名前を記入すると、主治医の先生が出てきて「待ってますよ」と言ってくれた。案内してくれたベッドを見ると座っている。感動。顔色も良い。嬉しい。たくさんお話しする。手術前にトレーニングをしていたからだろうか、しっかりと声が出ている。本当にすごい。


* * *
以下はKの記憶より(日記は書けなかった)

月曜の手術はあっという間だった。麻酔が10秒くらいで効き、気づくとICU(集中治療室)にいた。目覚めた直後、もう面会時間外でご家族は帰られた、と教えてもらい、残念に思ったが、色々な処置を受け、定期的に体の向きを変えてもらったりしているうち、また眠った。
(あお向けに寝ていると肺が圧迫されるので、体の左右どちらかを下にして寝る必要があった。また、2時間毎に寝返りをうつ必要があったが、自力でできないので看護師さんにひっくり返してもらっていた)
ICUは色々な装置があり、暗くも静かでもなかったが、一瞬だけ、これは死後の世界かもしれないと思った。そして、すぐそうではないと思った。体中が、特に喉が、地味に痛かった。死んでしまっていたなら、こんなに地味に苦しいわけがない。

次に目覚めた時、あまりにも長く眠っていた気がして、今日も面会時間を過ぎてみんな帰ってしまったのではないかと思った。喉がカラカラに乾いていたが、看護師さんに、日時を尋ねると、まだ火曜の朝7時だった。手術の翌朝だ。
看護師さんに、寝たままで体を洗ってもらった。持参するよう言われていた紙オムツ数枚のうち、縦に長いものを1枚、私の片腕の下に敷くと、お湯を上からかけ、泡立つスポンジで腕を洗ってくれた。あたたかくて気持ちが良かった。片腕が終わると、敷いていたオムツを抜き取り、もう片方の腕の下に敷いた。そして、同じように腕を洗ってくれた。終わっても、ベッドは全く濡れていなかった。

「紙オムツって、すごいですね」

乾いた喉からそう言うと、「そうなんですよ」というような返事が返ってきた。
両腕が終わると、今度はシャンプーをしてくれた。これは確か、頭をベッドの上の方から出してやってもらったと思うが、よく覚えていない。とにかく気持ちが良かった。

次に体重測定があった。ベッドに寝たまま、体の下に大きなシートをさし入れてもらう。ベッドと体の間にシートをさし込むのに、体を適宜動かしてもらうのだが、これだけのことで、全身のあちこちが痛い。正直、やめてほしかった。
シートが大きな機械で吊り上げられ、体が宙に浮いた。体重は70kgを超えていた。増えていますね、と言うと、「点滴等で2kgくらい増えているはず」というお返事。この後は、すぐにICUからCCU(冠疾患集中治療室)に移された。

ICUにいた時には、もっと色々なことがあったはずだが、記憶がはっきりしていない。
口の中がひどく乾いていて、舌が干からびているような気がした。看護師さんが何度も、大きな黄色い綿棒で口の中を湿らせてくれた。やがて水を飲ませてもらった時、「手術後最初に飲む水は、命の水と言われています。美味しいでしょう」と誰かに言われたのも覚えている。しかし、誰だったかは覚えていない。実際には、喉が痛いばかりで美味しいとは思わなかった。
朝食は食べた覚えがあるが、目覚めたICUで食べたのか、後で移動したCCUで食べたのか、わからない。
乾いた喉が痛くて、最初に果物をかじったが、味がよくわからなかった事は覚えている。
あと、執刀医の先生が来られて「全てうまくいきました。弁形成で」と笑顔で言って下さった事を覚えている。そしてすぐ、別のベッドの方に向かった。そして、さっきとは違い、ベッドのところで他のスタッフの方と色々と話されていた。その様子から、自分は経過が良いのだと思った。

CCUは広々としていて、装置だらけのICUに比べると、普通の大部屋みたいだった。
ただ、テレビの乗った台が無かった。また、ベッドの頭の方の壁には何かの装置があるらしく、電子音がしていた。体も起こせないし首も動かせないので、何かはわからなかった。いくつもの管や線が体に繋がっていて、動けなかった。とにかく体中が痛むので、動く必要がない限り動きたくなかった。体のどこで何の痛みがどれくらいあるとか、ほとんどわからなかったが、開胸した胸の痛みだけはよくわかった。

そのうち、看護師さんにベッドを起こしてもらい、もたれるようにして座った。
横向きに寝る習慣がないので、このほうが有り難い。
痰を出した方が良い、ただし咳をすると手術跡が痛むので、胸の傷を手のひらで押さえながらして下さい、と言われた通り、やってみるが難しい。軽くゴホッと言うだけで胸に響くので、つい腰が引けてしまい、勢い良く咳をするという事ができない。一度だけうまくできて、少しだけ赤いものが混じった痰が出た。

看護師さんが、ちょくちょく色々な用事で来てくれていたが、ある時「テレビを見ていいか、確認してみます」と言ってくれた。何もしないでベッドに居るより、テレビでもつけて気を紛らわせる方が良いという事だろう。

昼になり、看護師さんが昼食を、サイドテーブルに置いてくれた。持参品の中から、箸とスプーンのセットを取ってもらう。
手は動かせる。スプーンでお粥をすくって食べ、お箸でおかずをつまんで食べる。朝と同じで、驚くほど味がしない。手術前までは減塩の「心臓疾患食」を食べてもそれなりに美味しいと思っていたが、今は味がわからない。しかし食べないと良くならないので、必死で全部食べた。最後に「メイバランス」という、四角いパックに入った栄養補助の飲み物を飲んだが、これも味がわからなかった。

そうこうしているうち、母が来てくれた。
食後、お箸とスプーンを、すぐ近くの洗面台で洗ってもらった。ここぞとばかりに、テレビを見られるようになった時のために、1000円貸してもらった。テレビカードは1枚買っていたが、財布に入れ、さーちゃんに預けたままだった。
CCUも病室と同じで、13時から15時は面会不可なので、母はすぐ帰っていったが、ベッドに座って昼食を食べている姿を見せることができて良かった。きっと安心してくれただろう。

午後は理学療法士の方がやって来られ、早速リハビリが始まった。まずベッドの横に座り、床に足を下ろした。続いて膝を曲げて足の上げ下ろし。次には、両手を前で合わせて、ラッコの食事のように上下に動かした。これが意外に疲れるが、できないことはなかった。
いよいよ、手を貸してもらって、ベッドから腰を上げ、床に立った。立てる。
一度ベッドに座ると、体から出ている管や線をまとめ、点滴台に必要な装置が全て乗るようにしてもらった。再び立ち上がらせてもらい、今度は点滴台を持って、部屋の入口まで歩いた。またベッドまで戻るまでのほんの一瞬だったが、約1日半ぶりに自分の足で歩け、感慨深かった。

18時過ぎ、さーちゃんが来てくれた。嬉しい。本当に嬉しい。
さーちゃんを案内してくれた主治医の先生と、看護師さんが、笑顔で去っていった。
まだ体中に色々な管がくっついているが、座って面と向かって話せるのがとても嬉しい。
夕食が配膳され、おかゆを食べさせてもらった。ふたりで話し続けて、あっという間の1時間。
貴重な1時間の間、テレビカードを買いにいってもらった数分間がもったいなかったと思った。


* * *
以下、再びさーちゃんの日記より

心配をかけまいと無理をしていなければ良いと思う。ご飯もしっかりと食べていた。リハビリで腕を上げる運動もしたと言っていた。起き上がったり寝たりする時に、苦痛に顔をゆがめたりしていない。本当にすごい。早ければ2週間で退院と言ってもらえたらしいが、本当に本当に無理をせず、ゆっくりと回復してくれたらと思う。

19時になったので、後ろ髪を引かれながら病院を出る。明日も会える。顔が見える。話せる。平日は長くても1時間ちょっとしか一緒に過ごせないので、出来れば早く週末になってほしい。

家に着いてしばらくすると外の音が大きくなる。雨足が強くなったようだ。日記を書いたりしていたが、雨が弱まる気配はない。中々眠れない。
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